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何を我慢してきましたか?〜【恋と仕事の心理学】より

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーの大西三千男です。

アメブロの【恋と仕事の心理学】の月曜日「仕事の心理学」のコーナーの本日掲載分です。たくさんのみなさんに読んでいただきたいのでこちらでも掲載いたします。


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わたし何やってんだろう?

我慢ばかりしてきましたと言う人がいる。いっぱいいっぱい我慢して、何を我慢してきたのかも思い出せない。それほど多くの我慢をしてきた。しんどくて、辛かったと思います。


我慢の結果、わたし何やってんだろう?自分のやっていることに意味が見いだされなかったり、無意味に感じたりして、生きる意欲が出てこない。


生きる意欲を取りもどすためには、我慢を手放して、もっと自由になるのがひとつの方法のように思います。どうやればいいのでしょうか?



苛立ちの本当の原因は?

どうしようもない苛立ちを感じるけど、その苛立ちの原因がよくわからない。職場でいちいち気に触る言い方で接してくる人がいたりすると、あの人がわたしの苛立ちの原因なんだと思うけれど、どうもそうでもないように思える。


あの人がいるからイライラするのではなくて、もともとイライラしているから、あの人の振る舞いに苛立つのかもしれない。本当の苛立ちの原因は別にあるのではないか。


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理性的なわたし、感じるわたし

わたしたちの心の中には、理性的に考える自分と、感じる自分がいる。この二人の自分が同じ方向を向いたとき、一番大きな力を発揮できる。


これやってみたいと感じたことを、それは自分が成長するために必要なことだからいいと思うよ、というのはどちらの自分も同じ方向を向いているわけです。


ところが、やってみたいと感じたときに、ダメダメ、そんなことやってはいけないよ、なんの役にもたたいから無駄なことだよ、と思うときは、二人の自分が別々の方向、それも正反対の方向を向いています。これではアクセルを踏みながらブレーキを踏んでいるようなものです。無理があります。



犠牲にしてきたもの

我慢している人というのは、何を我慢してきたのでしょうか?ピアノを習いに行きたいけど、親が許してくれなかったから諦めた。うどんを食べたかったけど、みんなこっちがいいというので我慢してパスタにした。


これは、感情の部分でやりたいこと、食べたいものがあったけど、その望みを捨てること、諦めること。それが我慢ですね。


理性で考えたことより、感情でやりたいことを優先したとき、我慢したとは言いませんね。つまり、我慢したというとき、常に感情が犠牲になっています。



望んではいけない

我慢ばかりしてきた人は、我慢癖がついたのは仕方のない理由があったと思います。大きな理由のひとつに、親に逆らうと生きてはいいけない、ということがあったかもしれません。親に見放されたら、子供は生きてはいけませんから。


その結果、自分の望みは言ってはいけない。あるいは、望みを持ってもいけないと思ったかもしれません。持ってもいけないとは、悲しすぎると思います。


これでは、生きている意味が見いだせなくなると思います。自分の望みをかなえてはいけないとしたら、生きる意味が持てないと感じてしまうでしょう。


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もっとわたしを認めて欲しい

我慢が多かったということは、これをやりたい、こうして欲しい、わたしはこっちが好き、というような自分の感情を認めてあげることがなかったということです。なかったというよりも無視してきたと言った方が正しいかもしれません。


感じる自分と理性的に考える二人の自分がいると言いましたが、これでは感じる自分というのはいないのも同然です。


いるんだけれどもいないものとして扱われているのですから、悔しいですよね。いくら感じて主張しても認めてくれないのですから、もうどうなってもいい、と感じてしまいますね。


わたし何やってんだろう?自分のやっていることに意味が見いだされなかったり、無意味に感じたりして、生きる意欲が出てこない。というのは当然の結果だと思います。


感じている自分が、もっとわたしの存在を認めて欲しいと言っているのです。



感じるわたし、理性的なわたし、どちらも大事

どうすればいいのか?というのは明らかですね。感じている自分というのを認めてあげることが必要だと思います。


誤解していただきたくないのですが、我慢がいけないと言っているのはのではありません。我慢もときには必要です。でも我慢ばかりではいけないということです。バランスが必要なのです。どちらが優先ということはなく、どちらも大事。対等に扱うということです。  


まずは、自分の感情をないものにするのではなくて、こう思っているんだ、と感じている自分を認めること。認められるようになると、小さなことから感じたことを行動に移してあげる。


これができてくると、感じている自分は、やっとわたしの存在を認めてもらえてる、と思います。


少しずつ少しずつ、理性的な自分と感じる自分を対等に扱いましょう。感じることを疎かにしてはいけないと思います。大切に扱うとそれに見合って喜んでくれるでしょう。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。



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元気がでる言葉の使い方

『自己否定に使う言葉のエネルギーはとても大きなものがあるのではないかと思います。ときには心身を蝕むことがありますから。

言葉にそれほどの大きなエネルギーがあるのなら、自分の成長や向上することに使うと、とんでもない自分になれるのではないかなあ』


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言葉の力

「サボテンは人の気持ちがわかる」という話を聞いたことがありませんか?


サボテンを二つのグループに分け、一つのグループには優しい言葉、「いつもありがとう!」とか「元気でね!」とかの愛ある言葉をかける。もう一方のグループには罵声を浴びせる。「バカやろー!」とか「お前なんか死ね!」と怒鳴る。


すると優しい言葉をかけた方のサボテンはスクスク育ち、罵声を浴びせた方は、見るも無惨なほど元気がなくなったという実験結果があるそうです。


サボテンが人間の言葉を理解するのかどうかは分かりませんが、言葉には、不思議な力があると言ってもいいのかもしれません。



言われた言葉できげんが変わる

わたしたちもそうで、人に言われた何気ない一言で元気が出てきた、と言うことはないでしょうか?落ち込んでいたけど、かけてもらった言葉でフッと心が軽くなったとか元気が出てきたとか。


その反対に、誰かの一言が胸に突き刺さって落ち込んでしまったと言うこともあるかもしれません。いつもでも言われた一言が忘れられない。思い出すたびに気が滅入っていく。


このように、言葉には人の気持ちを変えてしまう力がある。その言葉が自分に向けて言うときも同じように影響を与えているのではないかと思います。


自己否定する。「ダメ、ダメ!」「何やってんだよー!」「死ね!」と自分に言葉をかける。言われて人が傷つく言葉なら、同じように自分の心も傷ついていると思います。



プラスマイナス、どちらの言葉を使う?

言葉には力がある。否定すると元気がなくなるし、肯定すると力が湧いてくる。自分にどんな言葉をかけるかと言うことはものすごく重要なことだと思います。


ついつい自己否定する習慣のある方はこのことを知っておいて欲しいと思います。否定から生まれるのは何もない。


同じ使うなら自分を元気にする言葉、勇気づける言葉を自分にかけてみませんか?自分の成長や向上するためには、マイナスの言葉ではなくてプラスの言葉掛けをした方いいのではないでしょうか。



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理想の自分に近づくために

『どうして「こんなわたしでは嫌われる」と思ってしまうのでしょうね?

理想のわたしと現実のわたしの間に大きな隔たりがあるのかもしれませんね。

ということは、あなたはとても向上心のある方ではないですか?もっと良くなりたい、もっと成長したい。そうですよね?』


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理想のわたしとのギャップ

「こんなわたしは嫌われる」と思うとき、自分の嫌だなあ、と思う部分に目が向いています。


どうして嫌だなあと思うのかというと、そこには理想の自分があるからだと思います。こうありたい。かくありたい、というものが自分の中にあるのです。


ところが、そのギャップが大き過ぎて、いまの自分との隔たりがありすぎる。この隔たりが大きければ、大きいほど、嫌だなあ、と思う気持ちは強くなると思います。理想のわたしから見ると、いまのわたしはとてもちっぽけな存在に見えてしまうからです。


こんなわたしは嫌われると思っているあなたは、大きな理想のあなたに近づきたいと本気で願っているのです。



手の届くところに目標を設定する

そして、この隔たりが、手の届きそうなところにあると、頑張ろう、と思えますが、遠すぎると、無理だ、と諦めに変わります。


無理だと思ってしまうと、理想のわたしになろうとすることにチャレンジしようとは思えなくなります。


これは目標の設定の仕方を間違えたのです。高い目標を掲げるのは悪いことではありませんが、最初からそこを目標にすると、躊躇してしまいます。やってみようと思うより、無理だ、が勝ってしまうのです。


高い目標を持つのはいいけれども、目先、少し頑張れば手に入るところにも目標を設定するということが必要です。



モチベーションを維持するために達成感を感じる

こうやってひとつ目標を達成すると、次の手の届くところに目標をまた設定する。小さな成功体験を積み重ねることで、モチベーションが維持できます。


できた、という達成感が、よし次に向かおうと思える原動力となります。


大きな理想を掲げるのは多いに結構。でも最初からそこだけを目標にするのではなく、途中に幾つかの中間ポイントを設ける。まずはそこに向かって走るのです。すると、最初は無理と思えた理想も、知らない間にできていた、ということになる。


だから、こんなわたしは嫌われる、と自分を毛嫌いするのではなく、そう思う自分の中にある向上心に気づいて欲しいと思います。大きな理想が自分にはあるのです。素敵なことだと思います。


こんなわたしでは嫌われると何もしないのではなく、小さな目標を積み重ねて、理想の自分に少しずつ近づいていきましょう。



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愛される人になるには

『嫌われると思っていると、相手の愛を受け取ろうとしないんだなあ。何かの間違いだと思うから。でも、それが相手をとても悲しませているんだよ。すると、相手は愛することをやめてしまう。

そこで、あなたは言うんだ。「ほら。やっぱりわたしは愛されない」

これ、どこでボタンをかけ間違えたと思う?』


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自分が、人から愛されるはずがない、愛されるなんてありえない、と思っているとそれが現実になってあらわれる。


愛してあげたい、と人は思っている。なぜなら、みんな自分の愛を受け取って欲しいのだから。でもその愛を拒絶されるととても悲しくなる。


例えば、旅行に行って、手土産をあげようとしたとき「いいから、いいから。もらうわけにいかないから」と受け取ってもらえないと、どうして?と思う。がっかりする。


電車で座っていて、年配の人が乗ってきたので席を譲ろうとしたら「次の駅で降りますので結構です」と座ってくれなかったら、バツが悪い。


出した愛は受け取って欲しいのです。愛を差し出す。感謝して受け取ってもらう。これで完結なんですね。愛を差し出す。受け取ってもらえないと、差し出した愛はどうすればいいのとなるのです。


ここで、愛されるはずがないと思っていると、自分に愛を向けられても、それが受け入れられない。信じられない。何かの間違いと思う。結果として、その向けられた愛を手で払うというやり方をする。「うるさい。そんな見えすいた親切はいらないんだよ」という悪い態度をとります。


愛というものは、差し出す、受け取り感謝するで完結ですから、受け取ってもらえないと、中途半端ですから心地が悪いのです。心地悪く感じると、次に愛を差し出そうとは思わなくなります。好き好んで嫌な気持ちを感じたくないわけですから。


だから悪い態度をしていると、誰も愛を差し出そうとしなくなる。誰も愛を向けてくれなくなって、愛されるはずがないと思っている人はここで思います。誰も、自分を愛してくれないんだ、と。


でも、そうではないですよね。受け取ってくれなかったから、愛そうとする人はいなくなったのです。


つまり、感謝を持って受け取りさえすれば、愛してくれる人はいくらでもいるのです。


「わたしは愛されない」と思う前に、自分に向けられた愛を素直に受け取りましょう。そして感謝しましょう。その素直な心が、愛したい、という人を連れてきてくれると思います。


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あなたは、どうせ愛される

『「こんなわたしでは嫌われる」とあなたが思っているとしたら、もういい加減、観念した方がいい。

あなたかどう自分のことを思っていようが、どうせ、愛されるんだから。

わたしは愛される、と覚悟するんだよ』


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「こんなわたしでは嫌われる」と思いっている人がいる。それは、自分のことが大嫌いだから、そう思うのだと思います。


どうしてそんなに自分のことが嫌いなんでしょう?


物事を決められない優柔不断な性格だから?

口下手で自分の思っていることをはっきりと伝えられないから?

勉強ができないから?

人よりも劣っている(と思っている)から?

理由はいろいろあるでしょう。


自分で自分を嫌っていると、愛されるはずがない、と思うでしょう。だって、こんな嫌なわたしなんだから、他の誰が愛してくれるっていうのよ、と思います。


誰しも、自分の嫌な部分と言うのは目がいきやすい。もっとこうだったらいいのに。どうしてあの人みたいになれないのかしら。と思ったりします。


でも、あなたが嫌いな部分であったとしても、他の人が同じように嫌いと思うかどうかはわからない。あなたの嫌いが、他の人には素敵だということもある。見方というものは人それぞれだからです。


だから、わたしは愛される、と覚悟してください。愛されると、自分が嫌っていることの説明がつかないから、嫌われると思っている方が居心地はいいかも知れないが、わたしは愛される、と覚悟しないといけない。


あなたが、ここに存在する、ということはそれだけで価値のあることです。自分のここが好き、ここが嫌いという次元を超えて、あなたの存在に価値があるということを知って欲しいのです。


「こんなわたしは嫌われる」と思っていても、あなたを愛したいと思っている人がいる。あなたを愛したくて仕方がない人がいるのです。あなたがどう思おうとも、どうせあなたは愛されるのです。


わたしは愛される、という覚悟を持ち、受け取ってみようと思って欲しいと思います。

どうせあなたは愛されるのだから。


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Profiles

心理カウンセラー◆大西三千男
カウンセリングサービス所属カウンセラー。大阪地区担当。クライアントさまに寄り添い、ありのまま自分を受け入れ、自己価値に気づいていただくようサポートさせていただきます。気づきを得てもらうことで「腑に落ちました」「そう思っていいんですね」「安心しました」と好評である。

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