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弱音を吐いてもいいですか?

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーの大西三千男です。いつもありがとうございます。

アメブロの【恋と仕事の心理学】の月曜日「仕事の心理学」のコーナーの本日掲載分です。たくさんのみなさんに読んでいただきたいのでこちらでも掲載いたします。



みなさん、弱音を吐いていますか?


弱音なんて吐けません、弱い自分を見せるわけにはいきませんから、と言う人もいるでしょうし、そんなこととても言えませんと、そもそも口にすべきものではないと考えている人もいるかもしれません。


「弱音を吐く」と聞くとどう感じますか?抵抗がある方もおられることでしょう。でも、ぼくは弱音を吐くと言うことはとても勇気のある自分に寄り添ったことだと思います。弱さを認める勇気があってもいいと思います。


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頑張り屋さんほど弱音が吐けない

弱音を吐けなくて、辛い毎日を送っておられる方の相談を受けることがよくあります。弱音を吐いてもいいですか?と尋ねられるほどですから、いつも自分を叱咤激励して、体に鞭打ってやり抜いておられるのだろうなと想像します。


我慢して、我慢して、我慢して、そして頑張って、頑張って、頑張ってこられたのだなあと思います。


このような人たちは頑張ることはとても得意なことです。できませんとか、無理です、助けてくださいと言う言葉を言うことができません、弱音を吐けないのです。



頑張り屋さんは自分の頑張りが気づけない

ところが、こういう方に「すごく頑張ってこられたんですね」と言うと、すごく高い確率で「え?わたしがですか?』と怪訝な声を出されて「わたしなんてまだまだです。全然頑張ってません」と否定されるのですね。自分がやってきたことは当たり前で、これって普通なんです、という感覚を持っておられるのです。


誰しもそうなんですが、自分のしていることは当たり前と思います。なぜなら、毎日毎日自分のしていることを一番見ているのは自分自身ですから普通に見えてしまうのですね。やって当たり前、やって当然これくらいのことは、と思われるようです。


だから、もっと頑張らないととか、これくらいで弱音を吐いてどうするの、などと思っておられる。ますます、自分を追い込んでしまうようです。



これ以上頑張れない自分を否定しない

頑張って頑張って疲れたなあと思ったら、これ以上はできない、弱音を吐きたいなあ、という思いが浮かんだということを受け入れて欲しいなと思います。いままで頑張れた自分がいる。頑張れ頑張れでやれた自分がいるんだけど、今回は、頑張れというと抵抗が出てきて頑張りたくないという声が出たわけです。


これは、これ以上は無理、できません。だから、助けて、というサインだと思うのです。いまはこれ以上は頑張れないんだ、ということをまずは受け入れて欲しいのです。頑張れなくなった自分をこんなことではいけないと否定しなくてもいいのですよ。



弱音を吐いてもあなたの頑張りは誰もが理解している

弱音を吐くと言うことはとても勇気がいるかもしれません。いままで言ったことがありませんから。どう思われるかなあ、ダメなやつと思われないかなあ、情けないと思われないかあ。いろんな思いが巡ってくるかもしれませんが、そういうことはありません。


なぜなら、弱音を吐いていいですか?と言われるくらいなのですから、いままで度々こう言うことがあったわけではないと思います。ということは、周囲の人は気づいています。あなたがすごく頑張り屋さんであることを。そのあなたが弱音を吐くくらいなのだから、そうとうにしんどい状況なんだなあ、と言うことを。


あなたが思っているように、あなたの頑張りを当たり前のこととは誰も思っていないと思います。



自分に優しい言葉をかける

いま、あなたの思いは、どう思われるかと周囲の人に向いていますが、自分に寄り添ってあげてもいいと思いますよ。


弱音を吐いて自分の評価が落ちることを気にするより、弱音を吐かなかったために、精神的にも身体的にも追い詰められてもっと辛い状況になってしまうかもしれません。弱音を吐く勇気が自分自身のために求められているのかなと思います


弱音を吐いていいですか?というあなたが自分自身かけて欲しい言葉があります。

「いままで、いつも叱咤激励ばかりさせてごめんね」

「無理ばかり押し付けてよく頑張ってくれたね、ありがとう」

「無理して頑張ってくれていたのに、気づかずにごめんね」

「辛さをわかってあげられなくてごめん」

「いままで助けてくれてありがとう」


どう感じました?

何を感じました?


頑張りすぎて弱音を吐けないあなたは、いままで、どう思われるかなあ?という他人の目を意識しすぎてきませんでしたか?


そして、その分、自分の心に寄り添うということを疎かにしてきませんでしたか?自分が頑張ればすべてうまくいくと思っていませんでしたか?


そうであれば、辛いのに、しんどいのに、それをわかってもらえず、もっともっと頑張れと言われていたあなたの心は悲しみを感じていたかもしれません。



■ 周囲の目より自分に寄り添う

もう、それをやめにしませんか?これ以上頑張れないとき、頑張れない自分も寄り添ってあげましょう。心が、ふっと軽くなるのではないでしょうか。そして、それであなたのいままでの頑張りを否定されることはありません。みんなはわかっています。あなたが頑張り屋さんであることを。そのあなたが弱音を吐いたとしたら、あなたを駄目な人を思う人はいなくて、よほどしんどい状況なんだなと思ってくれるはずです。


自分に寄り添ってみましょう。


きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。 




大西三千男@心理カウンセラー
カウンセリングサービス所属。自己肯定感、生き苦しさ、自分軸、パートナーシップ、人間関係など。電話カウンセリングは初回無料(45分)で受けられます。詳細はこちら

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猫的生活の勧め〜【コラム】より

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。いつもありがとうございます。

本日のカウンセリングサービスのホームページ【心理カウンセラーのコラム】の記事を担当させていただきました。たくさんのみなさんに読んでいただきたいのでこちらでも掲載いたします。


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我が家には猫が三匹います。


もともと野良猫だった親猫が、家の近くで子猫を産みました。子猫を連れてくるともれなく親猫もついてきました。


この親猫は黒いのでクロちゃんと呼ばれていました。クロちゃんが我が家に来るようになったのは、クロちゃんの旦那のパンチに連れられて我が家に来だしたからです。


もともと飼いたいなと思っていたのはパンチの方です。鳴き声がとても可愛いかったからです。手懐けようとミルクをやったら飲みに来るようになりました。かなり近くまで来るようになって、撫でてやろうとすると、目にも止まらぬ速さで猫パンチが出てくる。そのあまりの速さにそれ以降パンチと呼ばれるようになりました。


最初はパンチだけで我が家に来ていましたが、ある時からパンチとクロちゃんが二匹でよく顔を出すようになりました。一日のうち、何時間かを我が家の庭で過ごすようになりました。


数ヶ月して子猫出産騒ぎがあって、クロちゃんと子猫が我が家に引き取られました。パンチはというと、それ以降我が家にくることはありませんでした。


最初の日、わたしたちとクロちゃんの間に、なんとも言えない緊張感が漂っていました。クロちゃんのわたしたちを見る目にすごい警戒心がありましたし、わたしたちはわたしたちで、クロちゃんがとんでもない行動に出るのではないかという警戒心。


お互いが、警戒心を出してそれはそれは緊迫した感じだったことを覚えています。


飼った当初は、何回猫パンチを出されたことか。流血騒ぎも何度かありましたが、今となって、そういうことはなくなりました。


いま飼っているのは、クロちゃんとその子猫二匹の三匹です。猫パンチをたまに出すのが一匹いますけど、それも原因はわかっているので、基本、いい関係を築けていると思っています。


猫との生活が10年になりますが、これは見習いたいなあと思うことがあります。


猫はこだわりません。猫にはお気に入りの場所というのがあります。いつもいるところ。くつろげる場所。お気に入りの場所がぼくが座るソファだっりすると猫はぼくにのけられるわけですね。


のけられても、争うこともなく、スーッとどこかに行って、何事もなかったようにまた別の場所で寝そべっています。最近は、学習能力が出てきたのか、ぼくの顔を見ると自分からスーッと場所を移動していきます。ここでないとダメとか、ここは自分が先に場所をとったとか主張しません。


猫は起こったことを受け入れる名人です。受け入れた現状の中で何が一番快適かを選んでいるように思います。


受け入れるとは、起こったことをとやかく言っても仕方がない。終わったことだから。終わったことに固執するより、いまどうすることが一番いいことなのかを考えているように思います。


さて、ここでぼくに起こったある出来事の話をします。


先日、電車に乗っていると、急に音楽が聞こえてきました。けっこう大きな音なのです。うるさいなあ、と言う感じで音のする方を睨んでいる人が何人かいます。誰かのスマホからだと思います。操作ミスかなあ、と思っていたのですが、その音楽がなかなか止まりません。操作ミスか故意かも定かではないんです。猫ならどうするかなと、考えてみました。すると、少し行動が変わりました。


いつものぼくならこう考えます。


操作ミスであろうが故意であろうが、悪いのは音楽を鳴らしているそいつ。そいつが悪いのだからなんとかするのもそいつである。そいつが鳴っている音楽を止めるべきだ、と。


ところがこの考え方を突き詰めると、そいつがなんとかしようとしない限り、ぼくは、聞きたくもない音楽を、我慢して、ずーっと、聞き続けないといけない、のです。


ここで猫的思考をするとどうなるか?と考えました。


猫なら、自分が悪くなくても、不快な目にあっているのは自分だから、もっと快適な場所に移動しよう、と思うと思います。


つまり快適な車内で大きな音楽が鳴り出して不快な車内になっているのに、自分が悪くないのにと固執すると不快な車内に居続けないといけない。自分に原因がなくても、自分が乗っている車両を変えるという行動を取ることで、不快な状況を快適にすることもできるのです。


猫は意地をはりません。誰が悪いとも思いません。いまより快適になれるのであれば、自分から進んで快適な場所に移動します。自分が悪くないのに移動させられたとは思っていないでしょう。不快だから、自ら快適な場所に身を移したと言うことだと思います。


正しいのは自分で、悪いのはあっちなんだから、どうしてわたしが移動しないといけないの、と思うと、我慢するしか方法がない。確かに、正しいかもしれないが、結果は不快な状況は何も変わらないのです。


猫って、実に自由です。執着しません。正しい間違いも判断しません。ただ、快適な方を求めいる。そのためなら自ら動くことも辞さないのです。自ら動いたことで、動かされた、という変なプライドを持ち出すこともないのです。


ぼくは、うちの猫ちゃんたちならどうするかなと考えて、そうだ自らがこの不快な車両から、快適な隣の車両に移ればいんだと思って移動したら、音楽は聞こえなくなり、その嫌なこともすぐに忘れ去ることができたのです。なんとかしろという怒りが湧いてくることもありません。


こうやって、猫は、嫌ことをいつまでも引きずらないのでしょうね。嫌なことに遭遇したら猫ならどうするかな?と考えるといままでと違う行動ができるかもしれませんね。猫は、意地を張らず、快適を求めて行動できる達人だと思います。





大西三千男@心理カウンセラー
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その選択でしあわせですか?

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーの大西三千男です。いつもありがとうございます。


Twitterのつぶやきまとめです。みなさんの日常生活で何か気づきになれば嬉しいです。


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自分に寛容になる


自分を責めても、いいことは何もありません。

にもかかわらず、自分を責める人はとても多いです。

どうしてそんなに自分を責めるんですか?と尋ねると、こんな自分を許せないんですと言う。

許せないから責める。萎縮して、怖くなりそうです。

それよりは愛で包んでみませんか?

自分に寛容になりましょう。




その選択でしあわせですか?


しあわせな生き方を求めているにも関わらず、我慢の生き方を選択している人のなんと多いことか。

その選択でしあわせなんですね?と質問すると、しあわせとはちょっと違う気がしますという答えが返ってくる。

その選択でいいんですか?と、改めて自分に問いかけみてはいかがですか?


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いつまで我慢すればいいのか?


我慢の先にしあわせが待っている。そういうこともあるだろう。

でも、それはいつまで我慢すればいいのかという期限がわかっているとき。

期限のない我慢は苦しみを与えるだけ。終わりのない我慢を自分に課してはいけないと思う。

そんな我慢なら、もうやめよう。

自分を大切にしてあげよう。




そのままでいい


人はみんな、そのままの自分でいいのか、という不安を感じているように思います。

お話しして、そのままでいいんだ、ということが肚におちると、安堵される方がとても多い。

もう手放しましょう。自分自身をにセーフ、アウトというジャッジを下してしまうことを。

あなたは、そのままでいい。


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手放す


執着とは、何かにしがみついて固執している状況です。別れた彼。お金。仕事。自分のやり方。いろんなものに執着してしまいます。

両手に何かを握りしめている限り、新たなものを掴みむことはできません。いま握りしめているものを手放すと、新しいものを手に入れることができます。




どうありたいか?


執着するということは誰にでもあることです。

そこでするべきことは自分を責めることではなくて「まだ前の彼氏に執着しているなあ」と執着していることを受け入れることです。

その上で「終わったことは受け入れて、新しい彼氏を見つけて、しあわせになるぞ」となりたい自分を明確にすること。




きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。


仕事が嫌だと思うとき、認めたくない本当に嫌なものとは?〜【使えるビジネス心理学】より

みなさん、こんにちは!カウンセリングサービスの大西三千男です。いつもありがとうございます。

【使えるビジネス心理学】での本日掲載分です。たくさんのみなさんに読んでいただきたいのでこちらでも掲載いたします。




「仕事が嫌で仕方がないんです。職場に行っても辛いだけだし、もうこんな仕事は辞めた方がいいんでしょうか?」

こんな相談を受けることがあります。


お話を伺っていると、新しい仕事を見つけて働く。最初のうちはいいんだけれど、やがて仕事が嫌になって、職場に行くのが辛くなってくる。そして仕事を辞めてしまう。こういうパターンに陥っているようなのです。


どうしてこういうパターンになっているのか?ここを理解しないと何度仕事を変わってみても同じ結果になってしまいます。


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職場で感じる何が嫌なのか?

仕事が嫌です。というとき、その仕事が嫌なのではなくて、仕事をしているときに見せる自分の態度、反応の仕方が嫌なのかもしれません。そのときに感じる感情がとても嫌なのだと思います。


わたしのサラリーマン生活の中でもそういうことがありました。今日は、会社に行きたくない。気が重いという日が何度となくありました。それが続くと、もう辞めたい、辞めてやる、という思いが頭をもたげてきます。


それは、仕事が嫌だからだ、と思っていますが、仕事そのものが嫌なのではなくて、仕事をしているときに感じる感情が嫌なのです。


例えば、上司、もしくは現場の古参の人に意見を押し切られる。無理矢理何かを強要される。自分の意見を言うことができなかったり、強要されたことを拒むことができなかった自分に情けなさを感じてしまったのです。


これは認めたくないことです。自分に情けない部分があるということは受け入れ難いと思います。


だから仕事が嫌だと思ったり、上司が悪い、現場の古参の人が悪いと考えます。自分に非があるのではなく、自分以外の周りに原因があると考えるのです。


この考え方では、変わる必要があるのは周囲ということになります。上司や現場の古参の人が、自分の接し方は悪かったと思って改めてくれるのは、そうそうあることではありません。彼らがいなくなったらいいのに、と思ったりしますが、そういうこともまずあり得ないのです。


職場を変わったり、転勤になったり、部署が変わったりということがある。新しい職場が物分かりのいい人ばかりなら言うことはありませんが、そういう人ばかりでないことの方が多いと思います。


周囲の人が自分の期待する人ばかりになることを望むより、自分の行動の仕方、考え方を変えた方が早くもっといい結果は出そうです。



自己否定をしない

自分の非を認めたくないという気持ちがあるものの、うまくできない自分、うまくやれない自分という現実を目の当たりにして、自分を責めるということがります。


そして、こうしないといけないという理想の自分を頭に描く。先の例えでお話しすると、相手が誰であれ、自分の意見を言えないといけないとか、嫌なことを強要されたら断れるようにならないといけない、ということ。


しかし、言えない、断れない自分がいるわけですから、これはいまの自分を否定することにつながります。


言えなくて、断れなくて、ただでさえ傷ついている自分に、どうして言えないんだよ、言えよとか、断らなきゃダメじゃないか、情けないなあ、という思いをぶつけたら、追い詰められて余計辛さが出てくるだけだと思います。


まず、言えない自分、断れない自分。自分という人間はこういうことが苦手な人間なんだなあ、と認めても良いと思います。


これは、そのままでいいんだということではなくて、頭から否定しても、それが、はい、わかりました、心を入れ変えます、とはならないのです。逆に、否定だけを向けられると自己嫌悪に陥り、前に進もうという気持ちになれません。


いったん、受け止めてあげる、という段階を踏まないと次のステップにはいけないのです。そうだね、言えないんだね、断れないんだね。そういう優しさがあるんだね、と受け止めるのです。


頭ごなしに、できない自分を否定して、情けないと評価してしまうと、辛さだけが残ると思います。これでは解決に向かっていけません。



誰かのためにやってみる

まず、自分を否定しない。これが、仕事が嫌だ、と思った時の解決の第一歩になります。


次に、自分がやっている仕事の意義を考えてみましょう。あなたがその仕事をすることで、助かっている人、恩恵を受けている人が必ずいます。


こういうと、自分のやっている仕事は別に誰がやっても同じことです。誰にでもできる仕事なんです、という人が出てきます。果たしてそうでしょうか?


それは自分がしている仕事を、自分で、つまらないもの、にしていると思います。


例えば、スーパーのレジ打ちの仕事があります。あの人にレジ打ちしてもらいたい、と待っている人が多いにもかかわらず、その人のレジに並ぶこともあるという話を聞いたことがあります。レジ中にかけてくれる一言が嬉しいからです。


こうなると、仕事自体は誰でもできますが、そのやり方は人それぞれに自分の色を出すことができる。色を出して初めて、あなただけにしかできない仕事になるのですね。


そういう努力もせずに、誰がやっても同じことですから、とは言わない方がいい。それでは、自分が仕事を面白くないものにしているとしか思えない。


あなたがすることで、助かっている人、恩恵を受けてる人。その人のために、自分の意見をいう。やりたくないことを断る。自分のためだけにそうしようと思うより、誰かのためにと思うと少し勇気が湧いたりしませんか?


あなたは一人ではありません。周囲にはいろんな人がいます。あなたのおかげで喜んでいる人がいるということを意識しながらやってみると、もう一歩出してみようという気持ちが湧いてくるかもしれません。


お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。




大西三千男@心理カウンセラー
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自分をどう愛そうか?

みなさん、こんにちは!心理カウンセラーの大西三千男です。いつもありがとうございます。


Twitterのつぶやきまとめです。みなさんの日常生活で何か気づきになれば嬉しいです。


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自分をどう愛そうか?


自分のことが嫌いです、という人がいます。

しかし、自分のことが嫌いという人で、しあわせそうな人に出会ったことがありません。

しあわせを目指すには、まず自分大好きになることが先決のように思います。

自分をどう愛そうか、と思うところから始めてみませんか。




シャワーのように浴びせる


それ、言ってます。とよく耳にします。

喜びの言葉や、感謝の言葉や、ねぎらいの言葉など、言ってもらって嬉しい言葉は何度伝えてもいい。

シャワーのように、何度でも何度でも、繰り返し繰り返し伝える。

それで、ようやく「そうかも」と腹に落ちてくる。

良い言葉をシャワーのように浴びせてみよう。


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先を見過ぎない


何か行動しましょうというと、それができないから苦しいのに、という人がでてくる。

それは先を見過ぎている。

電車に乗れないのなら、駅まで歩く。

家の外に出る。

玄関のドアを開ける。

靴を履く。

外出用の服に着替える。

一歩先を見る。二歩も三歩も先を見ない。

やって何になる、とも考えない。




自分にあるものは何?


自分にあるものを棚卸してみませんか?

それは、自分の価値、魅力、らしさ。

あるものを、こんなもの、と過小評価しない、卑下しない。

辛さを抱えている人ほど、自分を認めない傾向にあるように思います。

誰も何かを持っている。必ずある。ないものにせず、そのままに評価して欲しい。


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話を聞く


行き詰まったとき、そこから抜け出す近道は、抜け出した人の話を聞くこと。

自分ひとりであれこれ考えても出てくる答えはしれている。

それよりも経験者の体験談を聞く。抜け出すきっかけは何だったのか?何が心の支えになったのか?

そこには沢山の知恵が詰まっている。参考になることがあるはずだ。




どんな自分も尊い


気分の上がり下がりがあって、すごく頑張れたかと思うと、気分が落ち込んでできなくなるときがある。

頑張れた自分も、何もできない自分も同じ自分。

頑張れた自分だから価値があるということはない。価値があるのはどちらも同じ。

頑張れた自分を愛せるなら、頑張れてない自分も同じように愛する。




きょうも、お読みいただきありがとうございます。

みなさまのしあわせをお祈りしています。


Profiles

心理カウンセラー◆大西三千男
カウンセリングサービス所属カウンセラー。大阪地区担当。クライアントさまに寄り添い、ありのまま自分を受け入れ、自己価値に気づいていただくようサポートさせていただきます。気づきを得てもらうことで「腑に落ちました」「そう思っていいんですね」「安心しました」と好評である。

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